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2010年11月21日 (日)

Re: 「申される」の違和感

以前、私の書いたブログに、マナー講師をしている友人から詳しいコメントをいただいたので記載しておく。

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目上の△△さんが言う場合は
「△△さんが申されるには…」は間違いですね。
この場合は
「△△さんがおっしゃるには…」(言うの尊敬語)
もしくは、
「△△さんがおっしゃいますには…」(言うの尊敬語+丁寧語)
が正しいでしょう。

「申される」は、「申す」(謙譲語正しくは丁重語。後ほど説明有り。)に「~れる(~られる)」(尊敬語)をくっつけた二重敬語ですので、そもそも敬語とし
て間違ったものでもあります。

「申す」は長いこと「言う」の謙譲語と言われてきましたが、リンクにある辞書の説明のように丁寧語としての意味合いもあるので、謙譲語だけでは解決できない要素を持っていました。

平成19年の2月に、文部科学省文化審議会国語分化会答申で「敬語の指針」が出されてからは、この「申す」などの謙譲語兼丁寧語の部分がスッキリ整理されました。

謙譲語をさらに二つに分けて、従来の謙譲語を「謙譲語Ⅰ」、「申す・参る・いたす・おる・存じる」を「丁重語(謙譲語Ⅱ)」としました。

例えば、今まで「行く・来る」の謙譲語だと言われてきた「参る」と「伺う」も敬語の指針以来、「参る」は丁重語。「伺う」は謙譲語と分けて考えられるようになりました。

同じ「行く」の謙譲語であれば、「参る」も「伺う」も同じように使えて当然ですよね。
ところが、「どちらまで?」「はい、弟のところに参ります」は言えますが、「はい、弟のところに伺います」は言えません。

このように、謙譲語の中でも目の前の人に丁寧さを表わす「参る」などを丁重語。
自分側の行為を下げて相手方を高める「伺う」を謙譲語と区別することで従来の謙譲語の問題点がスッキリしたわけです。 

「申す」も丁重語ですので、「私、○○と申します」とか「これはホルモンの中でも特にミノと申す部分です」とか「花より団子と申しますが…」とか畏まる為の表現であり、相手先を高めるものではありません。

ですから、△△さんの行為に対して
「△△さんが申すには…」とか
「△△さんが申されるには…」(元々二重敬語で誤用)という表現をするのは間違った表現ということになります。

相手の行為に関して敬う気持ちを表現するのであれば、尊敬語である「おっしゃる」を使って
「△△さんがおっしゃるには(おっしゃいますには)…」
これにつきます。

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